お湯のほうが凍るのは早いって本当?ムペンバ効果を調べてみた
条件によって温かい水が先に凍り始める報告はありますが、いつでも早いわけではありません。モルトアイスの説明書を読んだ疑問から、ムペンバ効果、過冷却、透明な氷づくりとの違いを調べました。
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以前、自宅でも透明な氷が作れる「モルトアイス」を購入しました。早速作ってみようと説明書を読むと、キットにぬるま湯を入れて冷凍庫へ、とあります。 「あれ、冷たい水のほうがよくない?」 そう思っていたところ、「お湯のほうが早く凍るらしい」という噂を耳にしました。ぬるま湯を指定する理由がそれなのかはわかりませんが、温かい水が冷たい水を追い抜くなんて、本当にあり得るのでしょうか。気になったので調べてみました。
噂の名前は「ムペンバ効果」
調べてみると、この噂には「ムペンバ効果」という名前がついていました。最初の温度が高い水のほうが、低い水より先に凍るという、直感に反する現象です。 ところが、読み進めて最初につまずいたのが「凍る」の意味でした。0℃まで冷えること、氷ができ始めること、中まで全部固まること。私はひとまとめにしていましたが、研究ではこの違いが結果の読み方に関わってきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 0℃まで冷える | 温度の比較。0℃になっただけで全部が氷になるわけではない。 |
| 凍り始める | 氷の結晶ができ始める時点。過冷却の違いが関わる。 |
| 全体が凍り終わる | 中まで固まる時点。凍り始めが早くても、ここまで早いとは限らない。 |
お湯は冷ます分だけ、時間がかかるはずでは?
私が「冷たい水のほうが早そう」と思ったのは、お湯には冷ます分の熱が余計にあるからでした。同じ量・同じ容器で、同じように熱が逃げるなら、たとえば60℃の水は20℃まで下がるだけでも時間がかかります。 周囲との温度差が大きいほど、お湯は勢いよく冷えます。それでも、そのことだけで冷たい水を追い越せるわけではありません。そこで、温度の下がり方に加えて、凍り始める仕組みも調べてみました。
鍵のひとつは、0℃を下回っても凍らない「過冷却」
そこで気になったのが「過冷却」です。水は、条件によっては0℃より低くなっても液体のままでいることがあります。 私は「0℃になれば凍る」と思っていたので、ここが意外でした。温度が下がることと、氷の結晶ができ始めることは別の段階なのですね。その違いを図にすると、こんなイメージです。
これを温かい水と冷たい水の比較に当てはめると、少し見え方が変わりました。最初は冷たかった水が過冷却のまま残り、最初は温かかった水が先に結晶を作り始めれば、後者が「先に凍り始めた」ことになります。 Brownridgeによる2010年公開の実験報告でも、過冷却と水が凍り始める温度の違いに着目し、特定の条件で温かい水が先に凍る結果が報告されています。ただ、加熱によって凍り始める温度がどう変わるかは一様ではなく、お湯にすれば必ず同じ結果になるわけではないようです。
蒸発や空気の流れも、比較を難しくする
ほかの説明も読んでみると、蒸発や容器の材質、ふたの有無、置く場所、冷凍庫内の空気の流れなど、いくつもの要因が出てきました。蒸発は熱を奪うだけでなく、残る水の量も変えます。 最初は水の温度だけの話だと思っていましたが、容器から周囲へどう熱が逃げるかも関わっていたのですね。
2026年の実験研究「An experimental investigation of the Mpemba effect」では、容器やふた、水の種類などを変えて調べています。その結果について、著者らは冷凍庫内の空気の流れによる熱の逃げ方のばらつきと、過冷却のばらつきから逆転の観測を説明しています。 これを読んで、家で二つの容器を並べるだけでも、温度以外の条件をそろえるのは簡単ではなさそうだと感じました。「お湯だから早かった」と判断する前に、周りの条件も確かめる必要がありそうです。
調べてみると、研究ごとに比べ方が違った
さらに調べると、BurridgeとLindenによる2016年の研究では、主に「水が0℃まで冷える時間」を比べ、温かい水が先に到達するという有意な効果は確認できなかったと報告されています。 一見すると、先ほどの報告と正反対です。ただ、この研究が比べたのは主に0℃までの冷却。過冷却した水が凍り始める時点や、全体が固まるまでとは、比べているゴールが違いました。
調べる前は「まだ解明されていない不思議な現象」くらいの印象でしたが、条件ごとの説明や実験結果は積み重なっていることがわかりました。 その一方で、家庭の氷づくりにそのまま使える「何℃のお湯なら必ず早い」という単純な話にはできなさそうです。私にとっては、噂の真偽だけでなく、実験の条件まで見る面白さを知るきっかけになりました。
モルトアイスの公式説明も読んでみた
モルトアイスについても気になったので、公式サイトを見てみました。FAQには、一度沸騰させたあと、人肌程度以下まで冷ました水を使うと透明度を高められる、という案内があります。 製品の仕組みとして説明されていたのは、上から下へゆっくり凍らせ、空気や不純物を下側へ押し出す構造でした。注目しているのは、凍る速さよりも氷の透明度のようです。
私は「ぬるま湯を入れる」という説明と「お湯のほうが早く凍る」という噂を結びつけかけていました。でも、今回読んだ公式説明には、ムペンバ効果で時間を短縮するためとは書かれていませんでした。 手元の説明書の指定がどの理由によるものかまではわかりませんが、「透明に作る工夫」と「早く凍らせる工夫」は同じとは限らない。この二つを分けて考えるようになったのも、今回の収穫です。
透明な氷を作るつもりが、凍ること自体が疑問に
今回調べていちばん印象に残ったのは、「水が冷える」と「水が凍り始める」は同じではない、ということでした。お湯が先に凍り始める報告にも、過冷却や熱の逃げ方といった背景があります。 透明な氷を作ろうと説明書を開いただけなのに、身近な「凍る」という出来事にも、知らないことがありました。次に「お湯のほうが早いらしいよ」と聞いたら、今度は「どんな条件で比べたんだろう?」と、少し先まで気になりそうです。
調査に使った資料
資料確認日:2026年10月14日。購入時の体験をきっかけに、以下の資料を読んでまとめました。今回は凍結速度を比べる実験は行っていません。
・James D. Brownridge「A search for the Mpemba effect: When hot water freezes faster then cold water」(arXiv:1003.3185、2010年公開)。過冷却と凍り始める温度の違いについて参照。 ・「An experimental investigation of the Mpemba effect」(RSC Applied Interfaces、3巻2号、442–449頁、2026年)。冷却・凍結の定義、空気の流れと過冷却のばらつきについて参照。 ・MALTICE公式サイト「よくある質問」と製品の仕組みの説明。水の準備と透明な氷を作る構造について参照。
出典・参考資料Questioning the Mpemba effect: hot water does not cool more quickly than coldScientific Reports/Henry C. Burridge・Paul F. Linden(2016年)。0℃までの冷却を対象とした実験。確認日:2026年10月14日。nature.com